Shapefileの光と影を考える ― GISの「共通言語」は、なぜ愛され、そして悩みの種となるのか?
GISに携わる人間なら、誰しもがこの光景に見覚えがあるでしょう。ZIPファイルを受け取り解凍すると、フォルダの中に「.shp」「.shx」「.dbf」「.prj」…と同じ名前のファイルがずらりと並ぶ、あの光景を。
その主役こそ、長年にわたり地理空間情報の世界の標準形式として君臨してきた、Esri社のShapefile(シェープファイル)です。
しかし、近年ではGeoPackageやGeoJSONといった新しい形式が主流となり、Shapefileは「古い形式」と言われることも増えました。今回は、GISの普及を支えたこの偉大な形式が持つ偉業という「光」の側面と、現代の要求とのギャップから生まれる課題という「影」の側面について、改めて考えてみたいと思います。
Shapefileの「光」― GISの普及を支えた偉大なる共通言語
まず、ShapefileがGISの世界に果たした、計り知れない功績という「光」の側面を見ていきましょう。
1. 事実上の標準(デファクトスタンダード)としての功績
90年代、GISソフトが各社から登場し始めた頃、それぞれのソフトが独自形式を使っていたら、データのやり取りは絶望的に困難だったでしょう。そんな中、Esri社がShapefileの技術仕様を公開したことで、状況は一変しました。
QGISをはじめとするオープンソースコミュニティや他のベンダーが、Shapefileを読み書きできるようになったことで、それは異なるGISソフト間を繋ぐ「共通言語」となったのです。この相互運用性の確保がなければ、GISの普及はもっと遅れていたかもしれません。
2. シンプルさという美徳
Shapefileの基本的な構造は、「ポイント・ライン・ポリゴン」という図形情報と、それに対応する属性情報(データベーステーブル)という、非常にシンプルなものです。この単純明快さが、多くの開発者にとって扱いやすく、GISという概念を理解する上でも優れた入門教材となりました。
Shapefileの「影」― 現代のGISが求めるものとのギャップ
その一方で、誕生から約30年が経過した今、Shapefileの仕様は現代のデータ環境において、多くの「影」の部分が浮き彫りになってきました。
「複数ファイル構成」
これが最大の課題でしょう。Shapefileは最低でも3つのファイル(.shp, .shx, .dbf)が1セットです。座標系情報(.prj)なども含めるとファイルはさらに増え、「.shpだけメールで送る」といったファイル共有のミスは、誰もが一度は経験する「あるある」です。
2Gの壁と「10文字」の呪い
一つのファイルのサイズが2GBを超えられないという制限は、ビッグデータを扱う現代では致命的です。また、属性情報の項目名(フィールド名)が半角10文字までという制限は、POPULATION_DENSITYをPOP_DENのように、分かりにくい略語にすることを強要します。
文字化けとの戦い
特に日本のユーザーを悩ませてきたのが、文字コードの問題です。SHIFT-JISを基本とする古い仕様は、UTF-8が標準となった現代の多言語環境において、頻繁に「文字化け」を引き起こします。
複雑なデータへの未対応
Shapefileは、基本的に2次元のシンプルな図形しか扱えません。複雑な関係性(トポロジ)をデータ内に持つことができず、現代のデジタルツインのような高度な要求には応えられません。
まとめ:偉大なる遺産(レガシー)との、上手な付き合い方
Shapefileを、現代の視点だけで「時代遅れ」と断じるのは公平ではありません。それは、その時代の技術的な制約の中で、GISの普及という大きな目的を果たした、偉大な遺産(レガシー)です。
私たちGISユーザーは、この遺産とどう付き合っていくべきでしょうか。
過去の膨大なデータ資産はShapefileで蓄積されており、それを読み解く能力は依然として必要です。しかし、これから新しいデータを作成したり、誰かとデータを交換したりする際には、積極的にGeoPackageやGeoJSONといった、現代的な形式を選ぶべきでしょう。
Shapefileが築いた礎の上に、私たちは立っています。その「光」に敬意を払いつつ、その「影」を理解し、私たちは未来の標準へと、賢く移行していく必要があるのです。
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